中国の民謡 茉莉花

  • 2020.01.01 Wednesday
  • 22:36
今からおよそ四半世紀前に喜寿の歳で亡くなったぼくの母は詩が好きで、よく暗誦していた。以前このブログで『母の遺したハイネ詩集』と題する小文を書いたが、そこでも触れたように明治・大正期の詩人・歌人の作品や流麗な古文調の翻訳詩を朗々と暗誦するので、幼いころからそれを聞いて育ったぼくはいつのまにか意味もよく分からないままそらんじるようになった。そんな詩のなかでも特によく耳にしたのが次の詩だ。

きみがまなこは青蓮に、
きみが皓歯(シラハ)は茉莉花に、
かんばせ、はすの香(カ)に匂ふ。
さればその身も、たをやげる
葉にこそあれと、思へども思へども
石にも似たるその心。

自分の容姿にさほど自信が持てなかったのか、美しいと誰もが噂する人へのひそやかな嫉妬を込めて暗誦しているように思えた。しかし父はそんな母を「『カサブランカ』のバーグマンに似ている」と周りに自慢していたそうだ。そんな逸話をずっと後に父母の知人から聞かされた時、息子のぼくには「あばたもえくぼ」の典型にしか思えなかったが、一方で微笑ましくもありこのエピソードは忘れがたく胸に刻まれた。
わずか6行のこの詩を暗唱する母の声は今も耳の底にこびりついているのだが、この詩の出典を知ったのはずっと後になってからのことだった。あるとき上田敏の訳詩集『海潮音』をめくっていると、その「拾遺」の部分に印度古詩として上の訳文を見つけたのだった。本編は何度か読んだのだが拾遺を読むのはその時が初めてだった。母はもうすでにこの世にいなかったが、まるで再会したかのように懐かしい気分に浸ったものだ。母の生前はぼくも知る機会のなかった中国民謡『茉莉花』を知ったのもその頃だったので、「ああ、母がこの美しい歌を聞いたらさぞかし喜んだことだろうに」と遅すぎた出会いを悔やんだものだった。
ではまず中国人民解放軍総政治歌舞団のソプラノ歌手雷佳(レイ・チア 1979〜)さんの歌唱で聴いてみよう。

   茉莉花

    江苏民歌

好一朵茉莉花
好一朵茉莉花
满园花开
香也香不过它
我有心采一朵戴
又怕看花人将我骂

好一朵茉莉花
好一朵茉莉花
茉莉花开
雪也白不过它
我有心采一朵戴
又怕旁人笑話

好一朵茉莉花
好一朵茉莉花
满园花开
比也比不过它
我有心采一朵戴
又怕来年不发芽

  モーリーファ

    チャンスー ミンカー

ハオ イー トゥア モーリーファ
ハオ イー トゥア モーリーファ
マンユエン ファ カイ
シャン イエ シャン プー クォ ター
ウォー ヨウ シンツァイ イートゥオ タイ
ヨウ パ カン ファ レン チャン ウォー マー

ハオ イー トゥオ モーリーファ
ハオ イー トゥオ モーリーファ
モーリーファ カイ
シュエ イエ パイ プー クオ ター
ウォー ヨウ シン ツァイ イー トゥオ タイ
ヨウ パ パン レン シャオ ホア

ハオ イー トゥオ モーリーファ
ハオ イー トゥオ モーリーファ
マンユエン ファ カイ
ピ イエ ピ プー クオ ター
ウォー ヨウ シン ツァイ イー トゥオ タイ
ヨウ パ ライ ニエン プー ファ ヤ


   茉莉花

        江蘇民謡

美しい茉莉花
美しい茉莉花
庭いっぱいに花咲くと
どんな香りも及ばない
一輪取って髪に飾りたい
でも庭番に叱られたらどうしよう

美しい茉莉花
美しい茉莉花
茉莉花が咲くと
雪よりも白い
一輪取って髪に飾りたい
でも人に笑われたらどうしよう

美しい茉莉花
美しい茉莉花
庭いっぱいに花咲くと
他に比べようもない
一輪取って髪に飾りたい
でも来年芽が出なかったらどうしよう

        (訳:船津 建)



花を摘もうかやめておこうか迷っているのは、恋を打ち明けようか迷っている乙女心の寓意だろうか。
江蘇省とその南浙江省は蘇州、杭州と言って特にジャスミンの多い地方、緑茶もよくとれる。だからいわゆるジャスミンティーの名産地だ。茉莉花茶は「花茶の冠=王様」とも言われる。
この歌は小調(シャオ ティアオ)と呼ばれる民謡の中でも特に有名で、同じ題名でメロディーや歌詞が多少異なるものが各地に広まっているそうだ。プッチーニのオペラ『トゥーランドット』の冒頭15分あたりに使われているのは次のバージョンだ。
雷佳さんの演奏は伝統的な中国の歌唱法を感じさせたが、今度聞くのはテレサテンと並んで台湾を代表する歌手だった鳳飛飛(フォン・フェイフェイ 1953-2012)の歌唱だ。

   茉莉花

好一朵美丽的茉莉花
好一朵美丽的茉莉花
芬芳美丽满枝椏
又香又白人人夸
让我来将你摘下
送给别人家
茉莉花呀茉莉花

   モーリーファ

ハオ イ トゥア メイ リ ティ モーリーファ
ハオ イ トゥア メイ リ ティ モーリーファ
フェンファン メイリー マンチーヤ
ヨウ シャン ヨウ パイ レンレン クァ
ラン ウォ ライ チャン ニー チャイ シャー
ソン ケイ ピエ レン チャー
モーリーファ ヤ モーリーファ

   茉莉花

何と美しい茉莉花
何と美しい茉莉花
甘い匂いが枝に満ち
香りと白さを皆ほめる
おまえを摘んで
誰かに贈りたい
茉莉花よ、ああ茉莉花よ

    (訳:船津 建)



テレサテン(麗君 テン・リーチュン)の親が蒋介石について戦後台湾に渡ってきたいわゆる外省人だったのに対して、鳳飛飛の親は戦前から台湾に住む漢族である本省人だった。だからテレサの母語が北京語なのに対して鳳飛飛は台湾語だった。テレサと違い彼女は結婚・出産を経験しながらも歌手活動を続けた。台湾は70〜80年代経済急成長を遂げるがそれを支えた女工たちのアイドルであったことから「女工偶像、労工天使」と呼ばれた。また隣家の女の子のような気さくなイメージで、よく帽子をかぶったことから「帽子の歌姫」とも呼ばれた。「軍人の恋人」と呼ばれたテレサとこんなところも好対照だ。テレサがこの歌を歌うのも聞きたかったが、残念ながらYouTubeでは見つからなかった。

いずれにしても一つの歌が様々なバリエーションを生むこと、また歌う人によってガラリと印象を異にすることを確かめる上で二つの演奏は好個の例となっただろう。ぼくとしては元日にあたりこの二つの演奏をひそかに母の霊前に献花ならぬ献歌しようと思う。

 
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