ニーナ・シモン『リトル・ガール・ブルー』

  • 2016.07.15 Friday
  • 21:27

pastel blueこの「歌のカテゴリー」で初めて取り上げたジャズ歌手はサリナ・ジョーンズ(Salena Jones) だった。そのときブログを読んだぼくの娘からニーナ・シモン(Nina Simone)の音源は持っているかと尋ねられ示したのがこのレコード《PASTEL BLUES》だった。1974年発売だが、アメリカでは1965年に Philips Records から出たもので、ブルースのスタンダードナンバー《TROUBLE IN MIND》や、ビリー・ホリデイの《STRANGE FRUIT》など9曲を含んでいる。買って聴いた時は特に気に入ったということもなく、そのまましまいこんでいた。


little girl blue娘がこの歌手を最近よく聴いているというので、ぼくも改めて興味が湧き、このファースト・アルバムのCD(2002年発売)を手に入れた。そして驚いた。《Pastel Blues》よりも7年前に出たBethlehem Recordsのこの一枚に収められたいくつかの歌はかなり感じが違っていた。《Pastel Blues》の中では〈END OF THE LINE〉だけが他の曲と声質や曲想が違っているように思え一番好きだったが、その源はこのデビュー・アルバム《LITTLE GIRL BLUE》にあったようだ。なかでも特に惹きつけられたのが、アルバムタイトルにもなっている次の歌だった。



LITTLE GIRL BLUE

  Lyrics : Lorenz Hart
  Music : Richard Rodgers

Sit there and count your fingers
What can you do
Old girl you’re through
Sit there, count your little fingers
Unhappy little girl blue

Sit there , count the raindrops
Falling on you
It’s time you knew
All you can ever count on
Are the raindrops
That fall on little girl blue

Won’t you just sit there
Count the little raindrops
Falling on you
’Cause it’s time you knew
All you can ever count on
Are the raindrops
That fall on little girl blue

No use old girl
You might as well surrender
‘Cause your hopes are getting slender and slender
Why won’t somebody send a tender blue boy
To cheer up little girl blue


リトル・ガール・ブルー

   詩:ロレンツ・ハート
   曲:リチャード・ロジャーズ

座ったまま指折り数えてごらん
何ができるの
元少女よきみはもうおしまい
座ったまま小さな指で数えてごらん
不幸なリトル・ガール・ブルー

座ったまま頭の上に落ちてくる
雨粒を数えてごらん
もういいかげん分かるだろ
数えられるのは
自分の上に落ちる
雨粒だけだと、リトル・ガール・ブルー

そこにただ座ったまま
頭の上に落ちてくる
小さな雨粒を数えてごらん
だってもういいかげん分かるだろ
数えられるのは
自分の上に落ちる
雨粒だけだと、リトル・ガール・ブルー

もうだめだ元少女よ
諦めた方がいい
きみの希望はやせ細るばかり
だれかこのリトル・ガール・ブルーを励ます
やさしいブルー・ボーイをよこしておくれ




mother gooseニーナ自身のピアノ伴奏と、低く深い声が印象的なこの歌を聴いてすぐにぼくは『マザー・グース』を連想した。1976年発売のこのレコードを持っていたので久しぶりに引っぱり出してみると、B面の4曲目に《Little Boy Blue》が収録されている。この二つの歌は、boyとgirlが入れ替わっているだけで内容的には何の関連もないが、一読して分かりやすいとは言い難い《Little Girl Blue》の歌詞の謎を解く一つの鍵にはなるだろう。日本やアメリカでは《Mother Goose》だが、本家イギリスでは《Nursery Rhymes》(ナーサリー・ライム)と呼ばれるのが普通だ。これを直訳すれば「子ども部屋の押韻詩」ということになる。韻を踏むことが絶対の前提条件なので時には意味不明、あるいはナンセンスな内容になってもかまわない。要はラップなどと同様に韻を楽しむことなのだ。《Little Boy Blue》の場合は全6行のうち、1・2行、3・4行、5・6行がそれぞれ脚韻を踏んでいるが、《Little Girl Blue》の場合はそれほど規則的ではなく、fingersや raindropsなど同語であったり、do-through-blue-you-knewが繰り返されたり、surrender-slender-send a-tenderが連続したりと、押韻に関しては決して上出来とは言いがたい。しかも韻にこだわるあまり意味の方はベールがかかったようにならざるをえない。


次にタイトルの Little だが、そもそも『マザー・グース』にはこの語を冠した動物や人間(あるいは人名)が頻出する。だから Little Boy は「坊ちゃん」、 Little Girl は「嬢ちゃん」ということになるだろう。blue は「哀しい」で、Boy や Girl を後ろから形容している。《Little Boy Blue》を訳した人たちは苦労して、「ブルー坊や」だとか「なきむしぼうや」などとしている。坊やはまだしも「ブルー嬢ちゃん」や「なきむし嬢ちゃん」ではしっくりこない。かと言って「哀愁少女」や「哀少女」では安っぽい歌謡曲名のようだ。Little Girl Round だったら「ちびまる子ちゃん」でぴったりなのだが。結局ぼくは翻訳を諦めてそのまま固有名詞のように扱うことにした。

冒頭の count your fingers の解釈にも『マザー・グース』が鍵を与えてくれる。ぼくは「指折り数えてごらん」と訳したが、それは日本的な数え方だ。欧米では親指から順に、折るのではなく立てていって数えるのだが、これはこのままにしておこう。『マザー・グース』には手の指(finger)や足の指(toe)を使って何かを数える詩がよく出てくる。玩具も持たない子どものもっとも単純素朴な遊びのひとつが数え唄だ。そもそもこの歌の主人公 Little Girl Blue は何を数えるのだろうか。まだ子どもなのだから将来の夢や希望、あるいは身近な願い事なのだろうが、不幸な境遇ゆえ何ひとつ叶いそうもなく、現実に数えられるのは傘もささない頭の上に落ちてくる雨粒だけ。そしてLittle Girl Blue は今はもはや少女ではない。もういいかげん運命に降参した方がよさそうだ。せめて励まし慰めてくれるやさしい男でも現れないものか。

この歌は元々1935年のブロードウエー・ミュージカル《Jumbo》の中で歌われたもので、ニーナの他にも40人近い歌手がカヴァーしている。エラ・フィッツジェラルド(Ella Fitzgerald)やサラ・ヴォーン(Sarah Vaughan)といったジャズの大御所から、ドリス・デイ(Doris Day)、ブレンダ・リー(Brenda Lee)、ジャニス・ジョップリン(Janis Joplin)、カーペンターズ(The Carpenters)にいたるまで、さまざまなジャンルの歌手に歌い継がれている。カーペンターズに至っては、2011年に《Little Girl Blue― The Life of Karen Carpenter》という伝記まで出版されている。ぼくは You Tube で15人の演奏を聴き比べてみたが、ひとたびニーナの演奏に惹きつけられてしまうと、他のどれもしっくりこない。一般にはジャニス・ジョップリンの歌唱とニーナのが双壁のように言われているが、張り裂けそうな悲しみを叫ぶジャニスのスタイルはぼくの好みではない。ニーナの歌はポピュラーなクリスマス・キャロル『名君ウェンセスラス王』(Good King Wenceslas)を自らアレンジし演奏するピアノの前奏で始まるが、それがまるで雨だれのようでもあり、それに続くニーナの淡々とした歌声とよくマッチしている。しかも聴いているとどこか深い悲しみがにじみ出てくるようだ。エラ・フィッツジェラルドやサラ・ヴォーンは《Jumbo》で歌われたままに、言わば前置きに当たるヴァース(verse)の部分を歌っている。When I was very young/The world was younger than I と始まるが、主役女性がサーカス小屋が華やかだった少女時代を回顧しつつ、Now the young world has grown old/Gone are the tinsel and gold と、大人になった今はもうきらびやかなものはみな消え去ったと述懐する内容だ。ニーナは意図的にこの部分を省き、言わばコーラス(chorus)部分だけを歌っている。この省かれたヴァースには、少女にとってサーカス小屋は回転木馬と同じように楽しく、きらきら光る電飾は星と見まがうほどだったのだが、経営難に陥ったサーカス団の一員としての現在には希望は何もないことが述べられている。ニーナがそんな元歌の限定的な物語を省いたことで、夢や希望のついえた女性の悲しみが普遍化され、歌としては深みを増していると思う。

Nina Simone は本名ではない。Nina はスペイン語で little girl の意味、ボーイフレンドが彼女に付けたニックネームだという。何とも因縁めいたエピソードだ。Simone はフランスの女優 Simone Signoret(シモーヌ・シニョレ)からとったそうで、英語発音に近い表記をするとすればシモウンだ。1954年、クラシックのピアニストを目指していたニーナが、学費稼ぎのため親に内緒でナイトクラブでピアノの弾き語りをするために付けた芸名なのだ。

彼女は1933年生まれで、8人も子どものいる貧しい家庭の娘だった。母親がメソジスト派の牧師兼家政婦をしながらこの6番目の子に3歳からピアノを習わせた。そのピアノ教師の骨折りで奨学金を得てノース・カロライナの高校に通うことができた。卒業後ジュリアードの夏期講習を受け、フィラデルフィアのカーティス音楽院の入試に備えたが、合格することができなかった。ニーナはこの結果を人種差別のせいだと受け止めたが、それはおそらく当っていたのだろう。それが証拠に2003年、カーティス音楽院はニーナに死の2日前になって名誉学士の称号を贈った。

ニーナの自伝や死後刊行された伝記によれば、ニーナが初めてクラシックのピアノリサイタルの舞台に立ったのは12歳の時だったそうだ。両親が前の席に座っていると、白人と席を替わって後ろに移らされた。それを見たニーナは両親が前の席に戻るまで演奏を拒否したという。まるで10年後(1955年)のローザ・パークス(Rosa Parks)事件を思い出させるエピソードだ。ローザはバスの中で黒人専用席に座っていたが、運転手から白人に席を譲るよう言われ拒んだ。それが発端で黒人差別撤廃運動(公民権運動)の象徴ともいえるバス・ボイコット運動が始まったのだった。ニーナ自身後年、公民権運動に積極的に関わることになるが、その萌芽がここに見られる。最初に紹介したアルバム《Pastel Blues》は、ニーナが意識的にそのような活動を始めて間もないころの録音なので、選曲や歌い方にその影響が現れているように思う。ニーナが敬愛するビリー・ホリデイ(Billie Holiday)の創唱した『奇妙な果実』(Strange Fruit)をカヴァーしているのがいちばん顕著な例だ。この歌はアメリカ南部の黒人リンチを歌ったもので、公民権運動の代表的なシンボルソングのひとつだからだ。

1970年代に入ってニーナは、数々の不当な仕打ちを受けたアメリカを離れ、最後は病を得て2003年フランスで亡くなった。生前40を超えるアルバムを録音したが、今なおリマスター版や新たな編集版が出続けている。クラシック、ジャズ、ブルース、フォーク、R&B、ゴスペル、ポップスなどあらゆるジャンルを越えた不世出の歌手と言えるが、もし奨学金を得てカーティス音楽院に入学していたら歌手ニーナ・シモンは存在しなかっただろう。人の運命の不思議を思わざるをえない。






コメント
歌い手によってまったく趣の違うこの歌。
ジャニスバージョンに至っては歌詞も曲調も
あまりに違うので、恥ずかしながら言われるまで
気付かなかったのでした。。

詞をじっくり見てみると、
言葉は簡単なのに、なんだかよくわからない。
(↑それが詩というものなのでしょうけど)

リトルガールブルーの意味するところも、
憂鬱な少女なのか、もしかして青い(ドレスの)少女なのか
という気もしてきたり。

ふとロレンツ・ハートという作詞家が気になり
Wikipediaを見てみたら、一生独身(同性愛者)で、
未亡人の母親と暮らしながら、アル中の鬱病だったとのこと。
となると、old girlやlittle girlは誰を指すのか、、?

ニナの歌うこの曲は、年取った(現在の)自分が
昔の自分を振り返っているようにも聴こえるけれど。

歌い手により、それぞれ違った自己体験を重ね合わせて
歌うのだろうから、それが面白いのかもですね。
ニナバージョンはやはり人種の意味合いが濃い。

ニナもジャニスも怒りや悲しみをぶつけて熱唱するからどっと疲れるけれど、
定期的にまた聴きたくなります。

ついつい長くなってしまいました!
詩の奥深さについて考えるきっかけとなりよかったです。
  • Jooni
  • 2016/07/19 2:25 PM
jooniさん、ぼくのブログ史上最長のコメントをありがとう!「言葉は簡単なのに、なんだかよくわからない」まさにその通りだと思います。でもどこか心惹かれるのでいろいろ調べたり考えたりしているうちにある程度輪郭が浮かび上がってきたというところです。jooniさんのコメントをヒントに内容を少し補足しました。
  • heinrich
  • 2016/07/20 4:08 PM
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